2008年01月29日
マイスター、逝く
高校時代お世話になった職員の方が亡くなったと聞いて、お通夜に行ってきました。
彼は教員ではなく、木工職人。
職業の面から見れば、私の大先輩ということになります。
私は信者ではありませんが、私の通っていた高校はキリスト教の学校でした。
そこには外国人の神父も多数、教員として働いていたのですが、彼は学校設立時、
備品や内装を手がける家具職人として1939年、27才の時に来日したのです。
その時すでに、ドイツで木工職人マイスターとなっていた彼は、それ以来、校内の木工所で、生徒の使う机や椅子を初めとする校内の備品の製作・修理を続けてきたのです。
だから私が家具を作るようになったわけではありませんが、今の仕事を始める際は、学校を訪ね、彼の木工所を見学させてもらったり、いろんな話しを聞かせてもらったりとお世話になったのです。
94才で亡くなられるまで、生徒はもちろん、学校関係者が大変お世話になったことを示すかのように、お通夜には300人近い人が集まったようです。
ご冥福をお祈りすると共に、彼のように愛される家具作りをやっていきたいと気持ちを新たにしました。
彼は教員ではなく、木工職人。
職業の面から見れば、私の大先輩ということになります。
私は信者ではありませんが、私の通っていた高校はキリスト教の学校でした。
そこには外国人の神父も多数、教員として働いていたのですが、彼は学校設立時、
備品や内装を手がける家具職人として1939年、27才の時に来日したのです。
その時すでに、ドイツで木工職人マイスターとなっていた彼は、それ以来、校内の木工所で、生徒の使う机や椅子を初めとする校内の備品の製作・修理を続けてきたのです。
だから私が家具を作るようになったわけではありませんが、今の仕事を始める際は、学校を訪ね、彼の木工所を見学させてもらったり、いろんな話しを聞かせてもらったりとお世話になったのです。
94才で亡くなられるまで、生徒はもちろん、学校関係者が大変お世話になったことを示すかのように、お通夜には300人近い人が集まったようです。
ご冥福をお祈りすると共に、彼のように愛される家具作りをやっていきたいと気持ちを新たにしました。
Posted by tezukurikagu at 23:57
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